生成AIと雇用
生成AI を取り巻く環境
2022 年11 月にChatGPT が登場して以来、生成AI に対する関心が急速に高まっています。この関心の高まりには、「生成AI が人類の未来を明るいものにするであろう」というポジティブなものと同時に、「生成AIが人類の存続を危うくするのではないか」といったネガティブなものまで幅広く存在します。実際、生成AI に関するリスクについては、各国政府も対応に追われ、例えばイタリアでは「GDPR(EU 版個人情報保護法のようなもの)」との関係で問題があるとして、一時的にではありますが、利用停止を命じたこともありました。また、日本でも個人情報保護委員会が、OpenAI 社に対して、「生成AI サービスの利用に関する注意喚起等について」と題する行政指導を行っています。これらのことから各国が憂慮する当面の問題は、生成AI に機械学習をさせるための情報収集と個人情報保護の関係としていることが窺えます。
生成AI と雇用リスク
様々なAI リスクが懸念される中で、我々働く人間が最も懸念するのは「AI に仕事を奪われるのでは」という不安ではないでしょうか。内閣府に設置される「AI 戦略会議」でも、いくつか挙げられたAI リスクの内に「失業者の増加」が挙げられています。ただし、これは生成AI の登場を待たずとも、既に意識されていたことであり、また、AI に限らず一般的に技術革新が進むことにより、雇用に様々な影響を及ぼすことは、過去の歴史で何度も繰り返されてきたことでもあります。とはいえ、現実に直面しようとしている我々には、これからの展開は気になるところです。
日本型雇用システムとの関係
中短期的には我が国における労働法とその背景にある日本型雇用システムとの関係から、企業において急激に人間とAI の入れ替えは起きないと考えられます。歴史的に見ても、日本型雇用システムの下で技術革新があると、正社員はその新技術に対応した技能を習得して、その技能を活用する別の職務への配置転換が行われることにより、雇用が継続されてきました。これが現在日本で「リスキリング」が大きな注目を浴びる要因でもあります。
生成AI のリスクについて
OpenAI 社のCEO であるアルトマン氏自身も署名している「AI リスクに関する声明」では、「AI による人類絶滅のリスクの軽減は、パンデミックや核戦争と並び、世界的優先事項である」とされています。
日本が行った行政指導の内容
本文に記載した個人情報保護委員会がOpenAI 社に対して行った行政指導の内容は、個人情報保護法147 条に基づき、機械学習のために情報を収集することに関して以下の通りです。
① 収集する情報に要配慮個人情報が含まれないように必要な取り組みを行うこと
② 情報の収集後できる限り即時に、収集した情報に含まれ得る要配慮個人情報をできる限り減少させるための措置を取ること
③ 上記①及び②の措置を講じてもなお、収集した情報に要配慮個人情報が含まれることが発覚した場合には、できる限り即時に、かつ、学習用データを加工する前に、当該要配慮個人情報を削除する又は個人を識別できないようにする措置を講ずること
④ 本人又は個人情報保護委員会等が、特定のサイト又は第三者から要配慮個人情報を収集しないよう要請又は指示した場合には、拒否する正当な理由がない限り、当該要請又は指示に従うこと、さらに利用者が機械学習に利用されないことを選択してプロンプトに入力した要配慮個人情報については、正当な理由がない限り取り扱わないこと
解雇権濫用法理等との関係
本文で中短期的展望を述べましたが、法的側面の根拠としては「解雇権濫用法理」が挙げられます。今日の定説では、企業が労働者を解雇しようとする場合には、その解雇の理由が就業規則に記載されているものであることと言う「限定列挙説」が有力とされ、また、解雇理由が就業規則に記載されたものであっても、直ちに解雇が有効になるのではなく、労働契約法16条に基づく「解雇権濫用法理」の制限を受けます。これは、その解雇の理由に客観的理由があり、かつ、その解雇の処分が社会通念に照らして相当と認められなければ当該解雇は無効とされる考え方です。
また、現実的に企業が経営判断としてAI 導入による人員削減を行う場合には、「整理解雇」とされ、この場合には法律での明文はありませんが、判例法理として成立する「整理解雇の4 要素」が求められます。
つまり、・人員削減の必要性・解雇回避努力義務・解雇する者の選定基準の相当性・労働組合との話し合いなど手続きの相当性が要求されます。中でも重要視されるのは「解雇回避努力義務」でしょう。解雇する前に、他の業務への配置転換が考えられないか、又それに必要な教育は行ったかなどが判断基準とされます。すなわち、解雇する前に本文に記載したようなリスキリングを通じた業務転換の可能性を探ることが前提となるわけです。